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第7回白山白川郷ウルトラマラソンの結果②

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レース終了後、2日経っても依然として足の痛みが引かない。前回書いた第一関門以降で無理した影響が大きいようだ。第一関門以降は本当に足の痛みとの戦いだった。レース終了直後は、もう二度と100kmマラソンなんて挑戦しないと心底思ったが、少し時間が経つと、リベンジしても良いかなという気持ちになっているから不思議だ。ドMなんだろうか?自覚はないが…。

 

第一関門~第二関門

第一関門では少し休もうと思ったが、人が多くて休める場所も少ない。というわけで、それであれば時間節約の意味でも歩きながら休もうと思い、結局5分も滞在せずに出発。最初の1kmはとりあえず歩こうと思い、前に進む。ちなみに出発は9:10前だったと思うので、次の関門(12:00閉門)までの15kmを170分で進めば良いことになる。1km10分以上掛けても大丈夫なので、とにかく前に進むことが重要と考えた。第一関門を超えると下りというより平坦な道が増えてきたが、なかなか身体が前に進まない。といっても下りが来ると膝と太腿が痛くてやばい。かといって上りはもう走る気力も起きないという、押しても引いてもダメな状態。ちなみに私のポンコツの携帯は、第一関門ですでに電池が切れており、以後写真が撮れなかった。。。

とにかく10分/kmより速いペースなら第三関門までの貯金ができると考えて、9分/kmかあわよくば8分/kmで進めるように歩くのと走るのを繰り返す。そのため、この時点では第三関門をゴールとして目指すことをほぼ決めていた。途中のエイドでは限界が来て、1~2分くらい椅子で座り込んでしまうところもあったが、42.195kmは5時間25分くらいで通過。後はもう気力で進んだという感じだ。そうこうするうちに下りをほとんど下りきって、第二関門(47.6km地点)に到着。もはや体力は残ってないし、足の痛みでこれ以上走れない状態それでも11:20くらいに到着し、40分の猶予を得ていたので、何とか根性で第三関門を目指すことにする。第三関門(59.8km地点)のリミットは13:30だったので、130分で12km、まだ1km10分で走れば間に合う状況だった。

 

 目標地点である第三関門へ

いよいよ第三関門というゴールに向けて、残り12kmの道のりに向かう。この時点で当然ながら100kmを目指す気はもう無かった。ちなみに第四関門(66.3km地点)すら目指す気は無く、とにかく第三関門で終わりと思って走った。ちなみに第二関門からの道のりはひたすら平坦な農道を走る道。おそらく最初の5kmくらいはずっと同じ風景の農道で、リアル「僕の夏休み」みたいな風景が続く美しいところだ。しかし、農道なので何も遮るものがなく、直射日光がガンガンに当たる。標高も下がり、おそらくこの辺りで気温は33~34℃に達していたと思う。今現在も日焼けで皮がむけているのは、きっとこの農道のせいだ。

そして私の足はもう限界で200mも走り続けることが出来ない。歩く時間が長くなったおかげで体力は余ってきたのだが、足が痛くてしょうがない。少しでも走ると2~3秒立ち止まって足を休ませるのが必要なくらい。そのため、走るのと歩くのとどちらが効率的か悩んでしまう。ちなみに歩いていても足は回復するわけではなく、むしろ疲労が蓄積していく。52kmを過ぎた辺りから1km10分という早歩きくらいのペースを保つのも難しくなっていった

それでも残り7.5kmくらいで1km11分で進めば時間内に着けると意識したのを覚えている。ここまでギリギリになってくると、トイレやエイドでの時間消費が命取りになるので、トイレは50km地点で済まし、エイドは2~3杯の給水だけして、ほぼ通過の状態。1km11分なんて余裕と感じるかもしれないが、山を超えて50km以上進んできた足には、全然そんなことがなかったのだ。

なんとか時間の貯金を食い潰さないようにと、とにかく1km10分を目指し、走りと歩きを繰り返す。この辺の5km~10kmは周りの風景を楽しむ余裕もなく、ただただ苦痛だった。何のために2万円も払ってこんなことしてるんだ?と本気で思ったが、これで微妙に関門時間を過ぎようものなら一生後悔しそうだと思って、身体にムチ打って進む。

第三関門前の最後のエイドが57.5kmくらいの場所にあったのだが、このあとが特にきつくて、58~59kmの間の1kmはエイドで時間を使ったわけでもないのに、1km12分近く掛かっていた。ずっと歩いていることもできず、200mごとくらいに休んでいたから当然だ。もはや24時間テレビ状態だ。一方で最後の1kmはもうこれで終わりだと思って最後の力を振り絞って走る。といっても1km9分くらいのペースだったが何とか第三関門に13:22ごろに到着。結局関門時間より8分くらいの余裕を持って到着できたが、迷わずフィニッシュの道を選んだ

 

動けない帰り道…

第三関門でへたり込むともう動けず。水をもらいに行く元気もない。足が痛いので一度座ると立ち上がれないし、一度頑張って立ち上がるともう座れない。一緒に参加した知人の到着が遅れていたので、30分くらい第三関門で待つ時間があったのだが、30分休憩しても動くのが大変。なんとかゴールである松任運動公園行きのバスに乗り込み、ゴールへ。

残りの40kmを僅か1時間足らずで進んでしまう自動車のスピードに改めて感動し、ゴールで荷物をピックアップ。着替えてボランティアの方からマッサージを受けて、ホテルに向かった。何というか、こんなにも自分の体力とか気力を使い果たしたのは初めてで、そういう気持ち良さはあった。これ以上一歩も動けません!という状態まで身体が悲鳴をあげることなんて、なかなか経験ができない。とにかくホテルまでの徒歩10分程度の道のりが苦痛で、足が痛くて歩けないような状態。それでももう終わったから良いのだ

結局、知人と6人で参加したウルトラマラソンは2人完走、4人は第三関門でフィニッシュとなった。正直なところ、もう一歩も歩けない状況なので、100km行けない悔しさなんて全然ない。まったく惜しくないのだ。信じられないくらい足が痛いし、もう2度と100kmマラソンなんて挑戦しないと思った。やっぱり100kmなんて健康に良くないし、フルマラソンくらいが調度良いのではないかと思う。それでも、来年誘われたらまた出ちゃおうかな、なんて3日経って思い始めている自分が怖かったりする。

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